ひとの琴線に触れる,うれしいものづくりのために

 羽根のない扇風機,ロボット掃除機,紙の書き心地を再現したペンタブレット,あるいは場所を選ばず遊べるゲーム機・・・.近年のヒット商品に共通するのは,単なる高性能化ではなく,人の感性やこだわり,面白さといった魅力品質や体験価値の実現です.このような魅力ある製品をより自由に生み出すためには,詳細な仕様が固まってから検証する従来の手法ではなく,まだ形の定まらない構想設計の段階で,製品の「機能」と「価値」を作り込むことが不可欠です.

 そこで当研究室では,製品設計の最上流段階から,物理現象の本質(肝)を抽出し,わかりやすい機能モデルで表現する1DCAEの概念を導入.「何を作るか」を決める構想段階において,設計因子を自在に操り,魅力を最大化するための設計手法(デライト設計)の構築を目指しています.さらに,この機能モデルをモデルベースデザイン (Model-Based Design: MBD) へと展開し,システム全体の統合設計を可能にするプラントモデルの開発など,次世代のものづくり手法を研究しています.

1DCAEとは? ― 概念とツールの定義 ―

1DCAE:設計プラットフォームとしての概念: 1DCAEとは,製品設計の上流段階から適用可能な「現象の本質や機能に基づいた設計プラットフォーム」の総称です.ここで言う “1D” とは,単に「一次元形状」を指すのではなく,製品の機能を司る物理現象の「肝(本質)」を的確に捉え,見通しのよい形式で表現することを意味します.

1D-CAE:物理現象を再現・分析するツール群: わたしたちは,設計の考え方そのものを指す「1DCAE」と,それを具現化するためのシミュレーションツールである「1D-CAE」を明確に区別して定義しています.重要なのは,製品の肝となる物理現象を深く理解した上で,以下の要素を対象や目的に応じて適切に組み合わせる「一連の流れ」を構築することです.

  • 先人の知恵・知識・知見(ナレッジベース)
  • 機能設計
  • 1D-CAEツール
    • 熱流体抵抗網法,流体回路網法,熱回路網法
    • 表計算ソフトによる簡易計算
    • Modelica 等の物理モデリング言語
  • 3D-CAE(詳細解析)
  • 実験計測(モデル同定のための補間実験)

これらを適材適所で融合させ,手戻りのない設計パラメタの決定と機能実現を目指します.

1DCAEに基づく具体的な取り組みの方向性

当研究室では,1DCAEの概念を基盤として,以下の4つのアプローチで研究を推進しています.

① 現象の抽出・モデル化(リバース1DCAE / MOR): 複雑な3D現象から,製品性能を支配する熱流体現象のみを抽出・可視化し,簡易モデルへと落とし込む次元縮退 (Model-Order Reduction; MOR) 技術.および,そこからプラントモデルを構築する「リバース1DCAE」手法の確立.

② 1D-CAEへの実装技術: 抽出した物理モデルを,実際の設計現場で使える1D-CAEツール(熱流体抵抗網法,熱回路網法,Modelicaモデル等)へと実装・コード化する技術の開発.

③ MBD・システム統合設計への応用: 構築したプラントモデルや1D-CAEを,モデルベースデザインのフローに組み込み,制御系まで含めたシステム全体の統合設計(全体最適化)を実現するためのプラットフォーム構築.

④ 設計技術の汎用化・教育手法の提案: 特定の熟練者だけでなく,誰でも1D-CAE技術を活用できるよう,ツールの一般化や汎用性の拡大を図ります.また,本質を見抜く工学的センスを養うための教育手法の提案も行っています.

※ JSME D&S 1DCAE・MBDシンポジウム2019
  大富浩一先生「1DCAE・MBDの目指すところ,現状,課題,そして今後」
  https://www.jsme.or.jp/dsd/1dcaembd/1dcaembd-ohtomi.pdf

※ 1DCAE.jp (日本機械学会 設計工学・システム部門)
  https://1dcae.jp/

※ 1DCAEレクチャシリーズ「設計のための1DCAE概念と実現技術」
  http://shop.jsme.or.jp/shopdetail/000000000317/

1DCAEとリバース1DCAE,1D-CAEの位置づけ(2021/1/22 1DCAEスクールでの話題)

具体的な研究テーマ:

1DCAEに基づく「ものづくり・ことづくり」のための熱流体設計論の構築

構想設計(Conceptual Design)における物理法則の「実装」

新しい価値観や魅力を持った「ものづくり・ことづくり」において,最もクリエイティブかつ重要なのが,設計の最上流である構想設計の段階です.しかし,どれほど独創的で魅力的なコンセプトを提案しても,それが製品として物理的に成立しなければ意味がありません.すぐに壊れてしまう構造や,頻繁な熱暴走を起こすような設計では,ユーザーに価値を届けることはできないのです.

強度問題も熱問題も,すべては厳密な物理法則に従います.わたしたちは,製品の詳細が決まっていない構想段階であっても,その機能を実現するために不可欠な物理現象(熱や流れ)の「肝」を捉え,機能モデルとして適切に記述することは可能であると考えます.物理の裏付けがあるモデルを用いることで,リスクの小さい構想設計段階での「機能の作り込み」や,革新的な冷却構造の「可能性探索」を自由に行うことができます.

本テーマでは,実際の製品開発事例を題材に,熱流体現象の「肝」をいかにして抽出し,どう設計に落とし込むか.そのモデリング手法設計論を徹底的に突き詰め,理論と実践の両面から体系化を目指します.

○ Monoist「デライトデザイン入門」https://monoist.itmedia.co.jp/mn/series/22883/

熱流体現象と感性指標の定量化・設計応用

~物理法則で解き明かす,ものづくりの「魅力品質」~

紙コップの狩野モデルに基づく品質設計マップ

二重の紙コップで熱いお茶を提供されたとき,手に伝わる適度な温もりに「ホッとする」,「嬉しい」と感じたことはありませんか.この「心遣い」や「心地よさ」は,単なる精神論ではありません.紙コップの二重構造が作る断熱効果,すなわち伝熱工学流体力学に基づく物理現象によって,表面温度が人体にとって最適な値に制御された結果なのです.

ひとをワクワクさせる製品,あるいは愛着を感じる「魅力品質」の裏側には,必ず熱や流れに基づく工学的な根拠が存在します.わたしたちは,これまで定性的に語られがちだった「人の感性(ぬくもり,触感,快適性)」と「熱流体現象」の関係を,実験と解析を用いて定量化することを目指します.「なんとなく良い」を「狙って作れる設計パラメータ」へと変換し,次世代の Delight Design に貢献する研究を推進しています.

一例(フライパン)

○ 福江, 日本機械学会誌, 120-1188 (2017), https://doi.org/10.1299/jsmemag.120.1188_20 ほか

トポロジー最適化に基づく伝熱現象の制御

持続可能な社会(SDGs)に貢献するものづくりにおいて「製品の無駄を極限まで省くこと」と「性能を最大化すること」の両立は永遠の課題です.近年,設計空間内の材料分布を数学的に最適化する「トポロジー最適化」が脚光を浴びています.これは,力学的な強度を維持したまま,不要な材料を削ぎ落とし,最も効率的な形状を計算機が自動的に導き出す手法です.

当研究室では,このトポロジー最適化の手法を熱設計分野へと展開.「最も冷える形状は何か?」という問いに対し,従来の設計者の経験則に依存しない,物理法則に基づいた最適冷却構造の探査を行っています.これにより,未知の伝熱機構や構造の発見や,3Dプリンタ(AM)での製造を前提としたジェネレーティブデザインへの応用を目指しています.

○ Kajiwara et al., Proc. IHTC-16 (2018), https://doi.org/10.1615/IHTC16.ctm.024060 ほか

熱流体抵抗網法 Flow and Thermal Resistance Network Analysis

当研究室の熱流体1DCAE・MBD研究は,熱流体抵抗網法に基づくモデリングを土台に進めています.

熱流体と電気回路のアナロジー(相似性)を応用した機能設計手法
~熱流体抵抗網法による本質の抽出とモデル化~

複雑に見える熱や流れの現象も,視点を変えれば電気回路と同じ法則で記述できることをご存知でしょうか.伝熱工学においては「温度差」を電位差,「流れる熱量」を電流と置き換えることで,熱の伝わりにくさを熱抵抗として定義できます.同様に流体力学においても,「圧力差」を電位差,「流量」を電流とみなせば,拡張ベルヌーイの式に基づく流体抵抗が定義可能です.

このアナロジー(相似性)を応用し,製品内部の複雑な熱流体現象を,単純な機能要素のネットワーク(回路図)として再構築する手法が熱流体抵抗網法です.本手法を用いることで,3D CADや詳細な数値解析(3D-CAE)が存在しない設計の初期段階であっても,現象の「肝」となる流れや伝熱のパスを特定し,機能レベルでの定量的な評価が可能になります.わたしたちは,この熱流体抵抗網法を軸に,ものづくりにおける熱流体課題の本質を抽出・モデル化.製品設計の最上流段階において,手戻りのない徹底した熱設計の作り込みを実現する手法の構築を目指しています.

○ 福江・他5名, Thermal Science and Engineering, 19-3 (2011), https://doi.org/10.11368/tse.19.81
○ Teramoto et al., Proc. IHTC-17 (2023), https://doi.org/10.1615/IHTC17.90-60
○ Fukada et al., Proc. ASME InterPACK2021, https://doi.org/10.1115/IPACK2021-72975
○ Fukue et al., Proc. ASME InterPACK/ICNMM2015, https://doi.org/10.1115/IPACK2015-48600 ほか

熱流体抵抗網法研究の意義:現象の「肝」を見抜き,設計の共通言語を作る

「形」の検証から「機能」の探査へ: 従来の3D-CAEは,設計された形状の妥当性を確認するための「検証ツール」としての側面が強いものでした.対して熱流体抵抗網法は,製品の形状が決まっていない構想段階において,必要な冷却性能や流路構成といった「機能」を自在に探査するためのプラットフォームです.「何を作るか」を決める段階でこそ,その真価を発揮します.

現象の本質(肝)の可視化: 詳細な3D解析結果(コンター図)は,時に情報の多さゆえに「なぜ冷えるのか」「どこが悪いのか」という本質を隠してしまうことがあります.複雑な現象をあえてシンプルな回路網に置き換えることで,熱の逃げ道やボトルネックといった物理現象のロジックを明確にします.

分野を超えた共通言語化: 電気回路とのアナロジーを用いることは.機械・電気・制御など異なる分野の専門家同士をつなぐ架け橋となります.直感的に理解し合える「共通言語」として回路図を用いることで,部門間の壁を取り払い,システム全体の最適化を強力に促進します.

期待される効果:圧倒的な高速化と技術資産の循環

超高速パラスタによる最適解の導出: 3D-CAEと比較して計算負荷が極めて軽いため,数千・数万通りのパラメータ・スタディ(パラスタ)を瞬時に実行可能です.これにより,設計の初期段階で大胆なアイデアを試し,手戻りを未然に防ぐフロントローディングを実現します.

「Must品質」の効率的担保: 強制空冷において重要となる「熱と流れの連成」を,エネルギ保存則により高精度に予測します.これにより「壊れない・熱くない」という製品の当たり前品質(Must品質)を迅速かつ論理的に保証します.

リバース1DCAEによる「匠の技」の資産化: 既存製品や過去の優れた3D解析結果から機能モデルを逆算して抽出する「リバース1DCAE」の手法を,熱流体抵抗網に基づくロジックベースで確立することで,熟練設計者の頭の中にあった暗黙知を,計算可能なモデル(形式知)として資産化し,次世代設計へと継承することが出来るようになります.

価値創造:体験価値(Delight)を生む「攻め」の設計へ

「守り」から「攻め」の熱設計へ: 計算の高速化によって生まれた時間的余地(工数)は,単なる熱対策(守り)だけでなく,新しい機能やデザイン,静音性といったユーザーの心を動かす「体験価値(Delight品質)」の追求(攻め)に充てることができます.

Society 5.0時代の「オーダーメイド・マスプロダクション」 : 多様なニーズに対応するため,個々の要求に合わせて回路定数を変更するだけで,最適な熱設計解を即座に導き出せる柔軟性を持ちます.これは,多品種少量生産やマスカスタマイゼーションが求められる現代において強力な武器となります.

新技術との融合(AI・MBD): MATLAB/Simulink,Modelica 等の制御モデルや,機械学習(AI)と連携させることで,間欠的な流れの制御(例:脈動流)やエネルギーマネジメントを含めた,高度なシステム全体の適正設計(Total Design)を実現します.