○ 研究背景と目的
○ Amphiprioninae (クマノミ亜科) のハイブリッド泳動作
○ Rudarius ercodes (アミメハギ) の泳動作と行動分析
○ Orizias latipes (Himedaka, ヒメダカ) の群形成
○ 泳動作と流れの関係を可視化するための数値流体解析コードの開発
○ エイの胸鰭運動の位相差と遊泳の安定性や操縦性の関係 (論文紹介)
○ サメ目の尾鰭の形態と流体力学的特性の検証 (論文紹介)


研究背景と目的 

 魚の形状や遊泳形態(泳ぎ方)には,生存競争に生き残るために,それぞれの生態や行動に適した工夫があると考えられます.
 すなわち,魚の遊泳動作は,それぞれの目標(例えば餌をとる,遠方まで泳ぐ あるいは その場に留まる,狭いところを泳ぐ,敵から逃げる,繁殖する,(エネルギー消費的に)楽をする,etc…)を実現するうえで,より目標を達成しやすいようになっていると予想されます.
 2021年に,Patrick A. Green らによって「Mechanoethology」(https://doi.org/10.1093/icb/icab133) が提唱されました.生物が生存の中で自らが直面する課題を乗り越える「行動」と,その際に生物やその環境における「力学的な特性」は影響し合っており,行動学と力学の融合により,生物の行動や生態に対して更なる洞察が与えられる可能性を示唆したものです.当研究室ではこの考え方を参考に,特定環境下における魚類の行動における,泳動作や群形成について,流れとの関係を分析し,流体力学的な見地から,効率的な泳ぎの仕組み:周囲の流体をより効率的に排除し前に進むための仕組みを探ることを目指します.
 当研究室では特に,狭いところを器用に遊泳したり生活圏を獲得したりしている小型魚類を対象に,実際の行動観察と数値流体解析(Computational Fluid Dynamics: CFD)を組み合わせ研究しています.
 なお,日本魚類学会「研究材料として魚類を使用する際のガイドライン」を遵守し研究を進めています.
                  (2003年策定,https://www.fish-isj.jp/iin/nature/guideline/2003.html
 これにより,魚類の行動や生態と,力学的な関係を紐解き,魚類の行動生態学の解明に,機械工学的視点から資すると同時に,省エネルギーの行動を実現するための泳ぎの制御と言う視点から,将来のバイオミメティクスへの貢献を期待しています.

脈を打つ流れ,リブレット,間欠泉などの研究はこちらで紹介しています

Amphiprioninae (クマノミ亜科) のハイブリッド泳動作

 Amphiprioninae (クマノミ亜科) は,スズメダイ科の亜科の一種であり,熱帯域の珊瑚礁や岩礁の周囲を生息圏とする小型魚類です.映画「ファインディング・ニモ」でも有名になったカクレクマノミも,クマノミ亜科の一種です.イソギンチャクと共生することでもよく知られています.

 クマノミ亜科は,主に胸鰭と尾鰭を場合により使い分ける泳ぎ方をします(注).生息環境の特徴から,珊瑚礁や岩礁,イソギンチャクの隙間などの狭いところを効率的に泳いだり,狭い場でうまく留まったり,方向転換することができる機能が求められると予想され,水槽の中の挙動を観察しているとその行動の傾向がみられます.この泳動作にも,これらの行動を効率的に行うメカニズムが隠れている可能性があります.そこで,クマノミ亜科の泳動作と,泳動作の過程で生じる流れ場や,発生する力の変化を,行動観察と数値流体解析を併用して分析し,狭い隙間を効率的に泳ぐための動きのキーを探ります.特に,クマノミ亜科の中でも比較的大型であり,鰭の動作の観察が容易である Premnas biaculeatus (スパインチーク・アネモネフィッシュ) を対象としています.

○ Kimura, Proc. 2023 PCTFE Workshop.
○ Kimura and Fukue, Proc. ISTP-33 (2023).
○ 木村・他3名, 2023年度日本魚類学会年会 (2023), Paper No., 59.
〇 木村, 「物語の始まりへ」(2024) ※ こちら

注)魚の泳ぎ方は大きく分けて2種類:身体と尾鰭の揺動を使って泳ぐ BCF 法 (Body and/or Caudal Fin Locomotion) と,背鰭や尻鰭,胸鰭などの身体の中央に位置する対の鰭を動かして泳ぐ MPF (Median and/or Pectoral Fin Locomotion) にわけられます.クマノミ亜科は,そのちょうど中間に位置するハイブリッド的な泳ぎ方をします.

Rudarius ercodes (アミメハギ) の泳動作と行動分析

 Rudarius ercodes Jordan & Fowler, 1902 (アミメハギ) は,フグ目 カワハギ科 アミメハギ属に属する小型魚類です.体長は 6 ~ 8 cm ほどで,網目状の模様を持ち,強く側扁しつつ高い体高を持ちます.カワハギやウマヅラハギなどを知っているひとは多いと思いますが,同じ科に属する魚で,能登半島の沿岸も含む日本の各地で確認でき,20 m 以浅の岩礁の藻場や内湾のアマモ場に生息しています.

 アミメハギは,扁平な身体の上下に備えられた背鰭と尻鰭を主に使って推進力を得る,Balistiform (クマノミ亜科のところで述べた,MPF法の一種) で泳ぐ魚です.様々な行動を,背鰭と尻鰭をうまく扱うことによって実現しています.このときに発生する流れの変化は,尾鰭の揺動を推力発生のキーとして泳ぐBCF法の魚とは異なる可能性が高く,ここにも狭い岩礁や藻場において生き残っていくためのヒントが隠されている可能性があります.

 そこで本研究では,アミメハギの水槽内の行動観察を行い,異なる行動において各々の鰭の動きがどう変化しているかのデータベース取得を行っています.さらに,背鰭・尻鰭の変形を,時々刻々と数値流体シミュレーションの中で独立して再現しながら,流れとの関係を連続的に解くシミュレーション技術を開発し,これまでみることの出来なかったアミメハギまわりの流れの可視化を行い,また発生する力やモーメントとの関係を分析しています.

 特に本研究は,のとじま臨海公園水族館のみなさまの温かいご指導やご支援を賜り研究推進させて頂き,下記の発表をご一緒させて頂いております.また,背鰭・尻鰭のシミュレーション技術構築には,岩手大学・澄川氏の技術指導を頂戴し共同開発させて頂いております.

○ Fuji, Sumikawa, Fukue, Hirata and Kato, Proc. ISTP-33 (2023).
○ 西川・藤・福江・平田・加藤, 2023年度日本魚類学会年会,
  Paper No., 63.研究室体験プログラムにおける成果.

Orizias latipes (Himedaka, ヒメダカ) の群形成

「メダカの学校」でよく知られているように,メダカは群を形成して生活する代表的な魚のひとつです(ちなみに,英語で魚の群のことを一般に「School」といいますので,メダカの群はまさに「メダカの学校」です).魚が群れをつくる目的には4つ(保身効果,情報量増大効果,生理学的効果および流体力学的効果:泳ぐためのエネルギーを節約)あるといわれていますが(有元,2007),特に当研究室では「流体力学的効果」に着目し,メダカの群形成が,周囲の流れの特性に対してどのような影響を与え,結果としてメダカの泳ぎのエネルギー低減にどう繋がっているかを検証しています.

 特に本研究では,限られた容積のなかで游泳するヒメダカ群の周囲で発生する流れの条件が変わった場合に,どのように群の配置が変化していくか,群の匹数をパラメータとして行動観察を行っています.行動観察は近藤さん (2020) により,ヒメダカ群の観察のために製作された研究室独自のスタミナトンネルを用いて実施しています.さらに,CFD解析を併用し,流れの変化も評価しています.

○ 福江・近藤, 2022年度日本魚類学会年会, Paper No., 27.
○ 近藤・福江, エアロ・アクアバイオメカニズム学会 第45回定例講演会 (2022).
○ 近藤・福江, 第42回エアロ・アクアバイオメカニズム学会講演会 (2020).
○ 近藤, 「物語の始まりへ」(2021) ※ こちら

泳動作と流れの関係を可視化するための数値流体解析コードの開発

 魚類の泳動作そのものの流体力学的特性に着目し,泳動作中に見られる魚類のまわりの流れ場の分析を行っていくために,その評価技術の構築も重要なプロセスでした.多種多様な魚類の泳動作を,水槽内や自然界での行動観察と紐付けながら,非侵襲で評価するための手法が準備出来れば有益です.そこで当研究室では,数値流体力学解析 (CFD: Computational Fluid Dynamics) を活用した泳動作の流体力学的特性の評価プラットフォームの構築を行っています.解析にはオープンソースCAE “OpenFOAMⓇ” を活用しています.

○ 箱﨑・他3名, 流体工学シンポジウム2023, Paper No., 8.
○ 箱﨑・福江・坂, 2022年度日本魚類学会年会, Paper No., 5.
○ Kondo et al., Proc. ISTP31 (2020).
○ 近藤・他5名, オープンCAEシンポジウム2019 ※ オープンCAE学会2019年度学生表彰受賞.

魚の泳動作の分析に資する数値流体解析コードは,岩手大学・澄川氏(https://usibana.com/),三好先生と共創研究させて頂き,開発・研究実装させて頂いています.

○ 「OpenFOAM内の重合格子ソルバの妥当性についての検証と魚類遊泳解析への適用」
   オープンCAE学会論文集,2-1 (2020),
   https://www.opencae.or.jp/wp-content/uploads/2020/07/OpenCAE2020_001.pdf
     → 魚類の遊泳と,周囲の流れの関係を,遊泳による魚の変形を組み込みながら
       時系列で解析する手法を,オープンソースCAE “OpenFOAMⓇ” の活用により構築し,
       その妥当性について検証した.

また,エイの遊泳運動およびサメの尾鰭の流体力学的特性に関する下記研究について
ご一緒させて頂き,論文を発行しています.

○ 「Changes in rays’ swimming stability due to the phase difference
   between left and right pectoral fin movements」
   scientific reports, 12-2362 (2022), 10.1038/s41598-022-05317-5
     → うねり運動で泳ぐエイの遊泳運動は必ずしも左右対称ではない.左右の胸びれに位相差が
       ある場合もあるが,左右の胸びれの動きはこれまで言及されていなかった.そこで,
       エイの遊泳における胸びれの動きの位相差についてCFDで検討した.
       結果,左右の胸びれの動きの位相差は、遊泳の安定性や操縦性に影響を与えるが,
       推進効率には影響を与えないことがわかった.胸鰭運動の位相差はエイの遊泳に
       不可欠であり,エイは目的に応じて左右の胸鰭運動の位相差を調整していることが
       示唆された.

○ 「Fluid dynamic properties of shark caudal fin morphology and its relationship to habitats」
   Ichthyological Research, Nov. 6th., 2023, https://doi.org/10.1007/s10228-023-00933-1
     → サメの尾びれの流体力学的特性の研究は多数の事例があるが,比較対象は数種類に
       限られていた.そこで,サメ目9目30種の尾びれの形態について数値流体力学解析を行い,
       尾びれの形態と流体力学的特性の関係を調べた.結果,ARL(尾びれの水平方向の長さに
       対する垂直方向の長さの比)が大きい尾びれの形態は,推力と遊泳コストが高く,
       ARS(尾びれの長さと高さの積の表面積に対する比)が小さい尾びれの形態は,
       推進効率が高いことがわかった.