[Keywords]

製品と「システム」
例えば電車や電気自動車は,パンタグラフやバッテリから受け取った電気エネルギを,モータを使って運動エネルギに変換して走ります.しかし,電気エネルギをそのまま使えるわけではなく,モータで使える電力に変換する装置(インバータ)が必要で,「電車や電気自動車の運動エネルギを得る」ために,3つの要素(パンタグラフ or バッテリー,インバータ,モータ)が連携しています.このように,実際の製品は,製品の所望の機能を得るために複数の要素(コンポーネント)が連携したシステムとして成立しています.
最終的な製品の性能は,この「システム」として決まりますので,より良い製品をつくるためには,各々のコンポーネントの性能と,これらが連携した最終的なシステムの性能,両者を捉えてデザインしていくことが重要になります.
実製品の熱流体課題を捉え,本質を分析し,最適化
さて,実際の製品が受け入れられるためには,まず製品のステークホルダーが期待する機能や性能,デザインといった要求に応えることが最大の目標になります.

製品の目標設定を考える上で大事な,ステークホルダーの満足度に影響を与える製品の品質要素を分類する指標として,狩野らが提唱した狩野モデルがあります.
狩野モデルに基づいて説明すると,特にステークホルダーが満足する品質要素として,感動や高付加価値に基づく,ひとの主観的な満足を充足すること,すなわち「魅力品質」を充足することが肝要になります.しかし,そのためには,物理的充足も必要であること(「性能品質」が足り得ていること)も必要でしょうし,かつ「製品が製品として当たり前に動く」ことが保証されること:「当たり前品質」が充足されていることが必要です.・・・ リモコンの電源ボタンを押したらエアコンやテレビがつく,というのは当たり前ですが,この当たり前が成り立たない製品がもしあったとしたら(ボタンを押してもテレビがつかない,数回ボタンを押しただけですぐ壊れる,etc・・・),ステークホルダー(自分)はどう思うでしょうか?
以上を鑑みると,製品設計における熱流体システムデザインの目標は次のように設定されます.
◎ 熱流体設計の携わる範囲において,魅力品質,性能品質,当たり前品質を充足する
システムデザインを実現すること.
◎ かつ,そのために要素デザインにおいて必要な最高性能化かつ最適化を実現すること

ところで前述したように,ステークホルダーの満足度に強く影響するのは「主観的な満足」に基づくところが最も高いわけで,すなわち「機能」や「デザイン」などの要件が優先されます.「多数の機能がある」「デザイン性がいい」「より使いやすい」というステークホルダーの要求を満足しようとすると,必然的に製品は小型化したり,形状が複雑になったり,中に実装されるコンポーネントの点数は増大したりするわけです.こうなった場合において,熱流体の3つの品質を満たすための設計(熱流体設計)を,複数の要素が競合する複雑な流れ場や伝熱場に対応して実現する必要が発生します.カーボンニュートラルの実現にものづくりの側面で貢献していくには,より小さいエネルギで流体を動かし,熱を制御し,製品を成立させる必要がありますので,複雑化した製品の中の熱流体現象を適切に把握し,かつ設計に応用できるような普遍的なデータベースやノウハウの構築が,将来的な省エネルギ設計に必要不可欠になります.また,限定された設計条件の中で,流体の輸送性能や伝熱性能を最大化するための,新しい流体機械の設計指針や,伝熱促進体(ヒートシンクやフィン,リブなど)のイノベーションも必要になります.

以上から当研究室では,実製品における熱流体システムデザインの高度化に向けて
◎ 実製品で散見される複雑な流れ場における
流体現象・伝熱現象の解明
◎ 設計へ応用できる熱流体現象の物理モデルの構築
◎ 限定された寸法条件において最適な熱交換器・
伝熱促進体の要素研究
を推進しています.
【 電子機器の冷却 】

Society 5.0 や AI の高度化実現に向けたデータセンタやスーパーコンピュータの革新(に,量子コンピュータも・・・)
実製品の中でも,当研究室の取り扱う内容として多いものは,電子機器の冷却・サーマルマネジメントに関する研究課題です.電力を使い何かを成すシステムは,必ず電力消費の過程で熱を生じます.この熱を予めマネジメントするために,製品の動作保証温度を超えないようにその伝熱プロセスを設計することは,製品を成立させる中でマストな設計プロセスになります(これを一般に電子機器の熱設計(Thermal Design of Electronic Equipment)と呼んでいます).
みなさんにとってイメージしやすいのはノートパソコンやスマートフォンでしょうか.みなさんが作業をしていたり動画を見ているときに熱く感じてくることがあるかと思います.これは内部のロジック半導体などの電子部品が動作し,それにより発熱しているからです.
情報端末に限らず,我々の身のまわりには電子機器が溢れています.目指すべき社会像としての Society 5.0 の実現には,ビッグデータの処理のための巨大な計算バックボーンに限らず,スマートモビリティやスマートホーム実現のためのセンサやモバイル端末など,ありとあらゆるところに情報デバイスを実装していくことになります.ところが,これらをより高性能で動かそうとすると,もちろんエネルギ消費は大きくなり,放熱量は大きくなります.データセンタの消費電力の半分が,冷房(冷却用)に使われているという現実が,その冷却の厳しさを物語っています.
また,場所を選ばず実装できるように,センサや情報端末などをより小さくしようとすると,消費電力量は小さいかもしれませんが,限られた容積に大量の部品を詰め込まなければならなくなり,熱が籠もるようになります.結果として放熱が難しくなり,温度の条件がより厳しくなります.
これらの熱を冷やすためには,ファンや冷房で冷たい空気を送るか,配管を組んで水冷するか,ヒートパイプやベーパーチャンバーといわれるような相変化熱輸送デバイスを追加するか,様々な方法が考えられますが,いずれにしても(デバイスをつくる & 使う の両面で)更なるエネルギの投資が必要になります.
したがって,巨大な情報端末でも,小さな電子部品でも,放熱対策がシステム成立のキーになることは疑いようもありません.純粋に情報を取り扱うための電力消費もさることながら,冷却に使われるエネルギやコストをどう抑えるか,「充実した情報の活用」と「電子機器における省エネルギ化の実現」というトレードオフ問題を解決することが,Society 5.0 with Carbon Neutral 実現の非常に大きな命題です.

一方,モビリティ業界においては電動化による環境負荷低減を目指して様々なチャレンジが行われているのはみなさんご承知のことと思います.EV や HEV の普及,航空機の電動化の挑戦,鉄道業界においても蓄電池電車の開発と実用化など,様々な取り組みが散見されます.これらのキーになっているのはパワー半導体です.パワー半導体は,バッテリーやパンタグラフからの電力を,動力源として動作させるモータに供給できるよう電力変換を行います.このとき,元ある電気エネルギの 100 % をそのままに違う形のエネルギに変換することは出来ず,一部の電気エネルギが電力損失として熱に変換されてしまいます.この熱はパワー半導体そのものの温度を飛躍的に上昇させてしまい,結果として性能の低下や誤動作,熱応力による破壊に繋がってしまいます.パワー半導体そのものにおいても,SiC や GaN などの新材料による技術革新により変換効率を高める取り組みが盛んに行われていますが,パワー半導体は特に大電圧や大電流を取り扱う観点で,発熱問題は回避できません.パワー半導体は再生可能エネルギー源からの電力変換にも使われていることから,パワー半導体の性能向上と熱管理や熱設計の高度化は脱炭素社会を形成する上で大事な研究課題です.

以上の背景から,当研究室では特に,電子機器の冷却および冷却設計,サーマルマネジメントに関する活動を積極的に進めています.ファン空冷電子機器のシステム目線での熱設計手法の構築や,自然対流の冷却応用の研究,パワー半導体やデータセンタ用ロジック半導体の冷却を企図した水冷技術の研究,半導体が実装されるプリント配線基板の伝熱性能の評価に関する研究,人工衛星の熱設計など,広範な範囲の研究を推進しています.具体的な研究課題の一部は研究テーマを参照してください.産学や学学の共同研究として,電子機器や電子部品の設計・製造・実装に携わる企業様からのご指導を頂いたり,日本機械学会 RC301 日本の電子実装産業の復活を目指す,電子実装の信頼性と熱制御に関する研究分科会などと連携しながら研究を進めています.また,電子機器の信頼性を,統一的な基準で評価できるようなプラットフォームの構築を目指して,電子情報技術産業協会 (JEITA) サーマルマネジメント標準化グループにおいての活動も進めています.
(狩野モデルとデライト設計に関するReference)
– 狩野紀昭, 瀬楽信彦, 高橋文夫, 辻新一, “魅力的品質と当り前品質”, 品質, 14-2 (1984), pp. 39-48.
– 大富浩一, よくわかるデライト設計入門 (2017), 日刊工業新聞社.
– 福江高志, “二重の紙コップを科学する ~伝熱と1DCAE~”, 日本機械学会誌, 120-1188 (2017), pp.20-23, available from https://www.jstage.jst.go.jp/article/jsmemag/120/1188/120_20/_pdf
(電子機器の冷却に関する研究室のバックボーンのReference)
– 福江高志, “近未来の電子機器の強制対流冷却設計に必要なビジョンを考える”, エレクトロニクス実装学会誌, 24-2 (2021), 178-187, available from https://www.jstage.jst.go.jp/article/jiep/24/2/24_178/_pdf
– 福江高志, “ファン空冷電子機器の熱設計に関する最近の研究動向”, エレクトロニクス実装学会誌, 18-2 (2015), 86-93, available from https://www.jstage.jst.go.jp/article/jiep/18/2/18_86/_pdf
– 福江高志, 平沢浩一, 内田昌宏, 岡田祐司, 平岩哲也, “実装と放熱経路の変遷に対応したサーマルマネジメントの標準化動向”, エレクトロニクス実装学会誌, 21-2 (2018), 130-136, available from https://www.jstage.jst.go.jp/article/jiep/21/2/21_130/_pdf/-char/ja
– 平沢浩一, 福江高志, 内田昌宏, 有賀善紀, 梶田欣, “実装と放熱経路の変遷に対応したサーマルマネジメントの標準化動向 – 第二報- “, エレクトロニクス実装学会誌, 24-2 (2021), 193-202, available from https://www.jstage.jst.go.jp/article/jiep/24/2/24_193/_pdf/-char/ja